INOCH
イノチ
ある朝、目が覚めるとおでこの中心にオレンジ色を強く感じた。まるで虫眼鏡で光を集めたように一点が熱くなっている。しかし体調が悪いわけではなく、熱が出ているわけでもない。
外へ出ると目に映るあらゆるものがそのもの本来のペースで動いているような、異様な光景が広がっていた。奥行きも速度も立体もなく、これまで自分が認識していた尺度では捉えようのない姿をしている。木の葉一枚一枚が風に揺られるのではなく、各々が粒子となり動いているようだった。
街ゆく人の形相もこれまた見たことのない姿をしていた。肉体という上面は削ぎ落とされ、粒子が通り過ぎて行く。前を歩くその若い女性は、今にも腐り果てそうな色をしている。お金を求め歩くあの男性は、あまりにも活気に満ちている。重い荷物をずり歩くその老いた女性は、瑞々しさを放っている。その粒子に私はイノチそのものを見た気がした。
ふと横を見ると、かつて私が過去と呼んでいたものがあった。この世界には時間軸というものもないようだ。そこにいる十歳の自分に声をかけてみる。彼女は私に話しかけられることを知り、待っていたようだ。